子どもとの関係~ 対等な関係 ~

母が怒りの感情を暴力で娘に対してダイレクトに表現している。
今回の事例は重いケースではない。ただ、社会を見渡してみると家庭であたり前のように「暴力で叱る」ということをしている親がいる。そこまでいかなくとも「言葉で叱る」、「罰で叱る」といったことはかなりあるようだ。
子どもにとって生まれたあと初めての共同体となるのが家族(家庭)である。小さい子どもにとっては家庭が世界でもある。その家族とのふれ合いの中で、当たり前のように暴力で従わせるというようなことがあれば子どもは世界をどのように感じるであろう。
ボクにとってパパは王様である。ワタシにとってママは女王様である。ボク(ワタシ)はパパ(ママ)に隷属しなきゃいけない。
と、心の奥底で感じるのではないか。世界は恐ろしく、自由はない。
アドラーはその人のライフスタイルの原型であるプロトタイプは4・5歳を目処に築き上げられると話している。そしてそのプロトタイプは変わることなくその人の人生に強く関わってくる。
強い権力者である親、弱い自分、価値がない自分・・家庭という世界に恐れを抱きながら育った子ども。
そういった子どもの世界が、家庭から学校や社会に広がったとしても、そのプロトタイプはずっと変わらない。
上下関係というものがあたり前の考え方。そういった考え方が根底にあると自分がコントロールできない環境や人間関係であれば小さくなり撤退行動をとってしまう。
自分の価値というものに自信がなく、常に年収や社会的立場といったものでしか自分を評価できない。少しでも自分が下だと判断するともはやまともな対応ができない。
社会へ出る準備が全くできていない。つまり、家庭から学校といった流れを経ても、世界は恐ろしいものだと心の奥で感じている場合は、社会との関わり自体を拒否してしまうかもしれない。
子どもとの関わりでは叱ってはいけない。親も子も人間として上下はないのである。子を従わせるのではなく、かといって子どもに奉仕するわけでもなく真に対等な関係を築いていくことがとても大切である。
子どもと良い関係を築き、お互いに協力するのがあたり前の世界。子どもは世界をとてもやさしいものだと感じるだろう。自由で大らかに成長する子ども。親の考えにとらわれずに自由にチャレンジする子ども。
上下関係のもとで育ち、言われたことをただ記憶する者が活躍する社会はもはや通用しなくなる。記憶力は一定のレベルで十分。それはもはや機械がやるような類いだ。子ども達には、自分を認め、そして自ら新しい社会を切り拓いて行く能力こそが求められている。
そういった子ども達が家庭という小さな共同体からより大きな共同体である社会に羽ばたいていくことで、大人になった彼(彼女)らはとても楽しい日々を過ごすことができるだろう。そしてこの社会自体もとても暖かでより進歩したものになっていくであろう。
この子どものライフスタイルを、私たちは、大人のライフスタイルと対比して、原型と名づけた。この原型は、熟していない果実のようなものである。そして、熟していない果実のように、何かの障害、例えば、虫が付くというようなことがあれば、発達すればするほど虫もまた大きくなる。
「個人心理学講義」より引用


